「ポスティングは、ただ配るだけの仕事ではない」。自分の足で一歩ずつ街の隅々まで歩くからこそ出会える、街の歴史、そして自分自身の「大切な記憶」と向き合う旅でもあります。

1. 何気ないプランターの、衝撃の正体。
ポスティング中にふと目に留まった、古ぼけたコンクリート製のプランター。 長年、街の風景の一部として溶け込んでいたその佇まいに、私は吸い寄せられました。 よく見ると、側面の青いラインに刻まれた文字に、私は衝撃を受けました。




「ポートピア’81」
それは、1981年(昭和56年)に神戸・ポートアイランドで開催された「神戸ポートアイランド博覧会」の遺物でした。40年以上もの時を経て、令和の今も、こうして公園や駐車場の隅で、誰に気づかれることもなく、静かに役割を全うしている。
その瞬間、私の心は40年前のあの夏へとタイムスリップしました。
2. 家族4人で訪れた、かけがえのない思い出。
ポートピア’81。当時小学生だった私は、今は亡き父と母、そして弟の家族4人で、その熱気溢れる博覧会を訪れました。 キラキラと輝く未来の乗り物、見たこともないパビリオン、父の大きな背中、母の笑顔……。私にとって、それは家族の絆を感じる、とても大切で、温かい思い出の場所です。
この古ぼけた花壇を見つけるたびに、私は当時の空気、父の手の温もり、家族みんなで笑い合った時間を鮮明に思い出すことができます。 街の隅っこにぽつんと寂しく置かれているその姿に、それでも「あの当時のまま」のデザインが残っていることが、たまらなく愛おしく、そして嬉しいのです。
3. ポスティングという名の「父との対話」。
1日4万歩。明石・神戸の街を隈無く、一軒一軒のポストと向き合いながら歩く。 その孤独な時間の中で、私は時折、この花壇に出会うたびに亡き父のことを思い出し、静かに涙することがあります。 情緒不安定? いえ、これは私にとって、ポスティングという仕事が、父と再会し、心の中で対話するための「心の聖地巡礼」になっている証拠です。
車や自転車では絶対に気づけない、徒歩だからこそ出会えた「奇跡」。 この街の歴史や物語を知り、自分の人生と重ね合わせることで、配布エリアへの愛着はさらに深まります。その愛着が、1枚1枚への丁寧な投函に繋がっていく。私はそう信じています。
【まとめのメッセージ】
「ポストの数だけ、街の表情がある。そして、一歩の数だけ、心の風景がある」
ポスティングは、クライアントさまの想いを届ける仕事です。 同時に、私にとっては、街の「生き証人」に出会い、自分自身の「原点」と向き合うための大切な時間でもあります。
あの日、家族4人で見た未来の景色。 その景色を守り続けるこの街への感謝と、父への想いを胸に、私は今日も一歩ずつ、誠実にチラシを届けて回ります。 その1枚が、誰かの新しい「思い出」のきっかけになることを願って。
2026年3月31日〈16〉

