ふとした瞬間に、心の中に静かな灯火がともるような感覚になることがあります。
18歳のときに父を突然亡くし、その半年後には祖父も旅立ちました。
あの激動の1年間、家族の時間は止まってしまったかのように感じました。
母や弟を悲しませまいと、僕は必死に明るく振る舞いました。
心に空いた穴を埋めるように、無我夢中でアルバイトに打ち込み、仲間との騒がしい時間の中に逃げ込んでいたあの頃。
不安を塗りつぶすように生きてきた35年が、今こうして振り返ると、あっという間に過ぎ去りました。

1. 父の歳を追い越して、気づいたこと
父がこの世を去ったのは47歳。
僕は今、その歳をはるかに超えました。
若かった父の姿を思い出すとき、かつては悲しさや寂しさが先立っていました。
でも今は少し違います。
「父は、僕の中で生きている。」
そう心から思えるようになったのです。
父が生きられなかった一日一日を、僕は父の分まで懸命に生きている。
父が見ることができなかった景色を、僕が見つけ出し、連れて行く。
そう決めたとき、父の存在は僕の背中を押し続ける「大きな指針」になりました。
2. 命のバトンを受け継いで
僕の中には、父や祖父だけでなく、もっとずっと昔からのご先祖様の命が流れています。
彼らに声はありません。
けれど、僕たちがこうして今、息をして、街を歩いていることそのものが、彼らが繋いできた命の証です。
死者は、私たちの心の中に「記憶」として生き続けています。
苦しい姿を決して見せなかった父の強さ。
家族を想い続けた祖父の優しさ。
そうした想いを想像するたび、今の自分がいかに恵まれ、生きているだけで幸せなのだという事実に気づかされます。
3. 見えない存在と共に歩む
「よくわからない」と迷う日があってもいい。
自分の人生に自信が持てない日があっても、胸を張ればいい。
だって、僕たちは一人じゃない。
父や祖父、そして繋がれてきた無数の命が、今も僕の心の中で「前を向いて歩け」と語りかけてくれている気がするからです。
【まとめのメッセージ】
「命の重みを胸に、今という瞬間を駆け抜ける。」
亡くなった方々は、僕たちが幸せを実感して生きることを、誰よりも望んでいるはずです。
想像してください。
心の中にいる大切な人たちの笑顔を。
そして、その人たちと共に、今日という一日を丁寧に歩んでいきましょう。
「これがいい!」
今日も、見えない温かい視線を感じながら。
父や祖父、そしてご先祖様たちと一緒に、明石・神戸の街を力強く歩いてきます!
2026年6月28日

