
数字が告げた、静かな危機
検査の結果を聞いたとき、私はしばらく言葉が出なかった。
睡眠時無呼吸症候群は、一般に
「1時間あたり30回以上、10秒以上の無呼吸があれば重度」
とされる。
私の数値は、70回を超えていた。
つまり私は、眠っているあいだ、1時間に70回以上も呼吸を止めていた。
一晩で数百回。
意識のないところで、私の体は何度も息を詰まらせ、何度も浅い覚醒で自分を引き戻していた。
重度のさらに向こう側、医師の言葉を借りれば「かなり逼迫した状況」だったのだ。
恐ろしいのは、私自身にはその自覚がまったくなかったことだ。
毎晩ベッドに入り、毎朝起きていた。
ただそれだけのことだと思っていた。
けれど私の知らないところで、私の体は静かに、しかし確かに、悲鳴を上げ続けていた。
人は、自分の不調にいちばん気づきにくい。
痛みのように叫ぶ症状ならまだいい。
睡眠時無呼吸は、本人が眠っているあいだに進む病だ。
気づかぬうちに血管を痛め、心臓に負担をかけ、寿命を削っていく。
私が向き合っていたのは、声を持たない危機だった。
なぜ、私はそうなったのか
医師やさまざまな資料を頼りに、自分の体に何が起きていたのかを振り返ってみた。
ひとつは、もって生まれた体質だ。
日本人を含むアジア人は、欧米人にくらべて顎が小さく、もともと気道が狭くなりやすいという。
痩せていても発症する人が少なくないのはそのためだ。
骨格は遺伝する。
私の体には、最初から「気道が塞がりやすい」という下地が敷かれていたのかもしれない。
けれど、それだけでは70回には届かない。
下地の上に、私自身が積み上げてきたものがあった。
飲食業に27年。
店長、課長、エリアマネージャーと走り続けた日々のなかで、私はよく飲み、よく食べ、よく太った。
アルコールは、喉や舌の筋肉を緩める。
眠っているあいだ、緩んだ組織が気道に垂れ込み、ただでさえ狭い通り道をさらに塞ぐ。
そこに、首やお腹についた脂肪が外から圧をかける。
肥満の人は、そうでない人にくらべて何倍も発症しやすいという。
体質という下地に、飲酒と肥満という重しが乗った。
それが、私の夜を70回の無呼吸で満たしていた正体だった。
言ってしまえば、私の病は、私の生き方そのものが書いた処方箋だったのだ。
体は、変えた習慣にこたえてくれた
そして今、私は担当医から「CPAPを外してもいい」と言われている。
あの数値が、嘘のように改善したのだ。
何か特別な治療をしたわけではない。
振り返れば、思い当たることが三つある。
ひとつ、酒をやめた。
2020年の秋からだ。寝る前にアルコールを入れないだけで、夜のあいだ、喉の筋肉は本来の張りを保てるようになった。
ひとつ、痩せた。
20キロ以上落とした。気道を外から押していた脂肪が減り、通り道が広がった。
体重が1割減るだけで、無呼吸の数値はそれ以上の割合で改善するという。
私の場合、その変化はもっと大きかったはずだ。
ひとつ、歩くようになった。
毎日、足を動かす。
それは体重を支えるだけでなく、走り続けるだけだった暮らしに、別のリズムを呼び込んでくれた。
そして、仕事を変えた。
「働くために休む」生活から、「休むために働く」生活へ。
眠りそのものの土台が、静かに変わっていった。
ひとつひとつは、地味なことだ。劇的な瞬間など、どこにもなかった。
けれど、それらが積み重なったとき、私の体は確かにこたえてくれた。
塞がっていた通り道が開き、止まっていた息が、夜のあいだじゅう通うようになった。
数字は、生き方の記録だった
私はこの経験から、ひとつの実感を得た。
体に現れる数字は、罰ではない。記録なのだ。
70回という数字は、私を責めるためにそこにあったのではない。
それまでの私が、どう生きてきたかを正直に書き留めていただけだった。
だからこそ、生き方を変えれば、数字も書き換わる。
体は、過去の自分にも、これからの自分にも、嘘をつかない。
私たちはつい、病を「降りかかってきた不運」として受け取ってしまう。
けれど少なくとも私の場合、それは不運ではなく、積み重ねの結果だった。
そしてそうであるなら、積み重ね直すこともできる。
原因が生活のなかにあるということは、希望が生活のなかにあるということでもあるのだ。
もし、あなたが同じ場所にいるなら
これを読んでいるあなたが、もし同じような数字を告げられて立ちすくんでいるなら、伝えたいことがある。
重度のさらに向こうから戻ってくることは、決して奇跡ではない。
原因がはっきりしているぶん、取り除ける余地もはっきりしている。
私がやったのは、特別なことではなく、当たり前のことを、毎日続けただけだ。
もちろん、すべては担当の医師と二人三脚で進めるべきことだし、CPAPを自己判断で外すような話ではない。
体質や原因は人それぞれで、私のやり方がそのまま誰かに当てはまるとはかぎらない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたの体は、あなたが今日選ぶ習慣を、ちゃんと見ている。
そして、こたえてくれる。少しずつ、けれど確かに。
夜ごと70回、息を止めていた私が、今は静かに眠れている。
その事実だけは、誰かの背中をそっと押せるかもしれないと思って、ここに書き残しておく。
2026年6月11日〈89〉

